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東京地方裁判所 昭和24年(ワ)238号 判決

原告 安藤鶴太郎

被告 霜鳥倉蔵 外一名

一、主  文

原告の請求は孰れもこれを棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

二、事  実

原告訴訟代理人は、「被告霜鳥倉蔵は原告に対し東京都品川区大井北浜川町千百四番地の一所在、家屋番号同町六百一番、木造トタン葺平家建一棟、建坪六十三坪四合一勺及びこれに附属する煉瓦造トタン葺、平家建物置一棟、建坪三坪を收去し、その敷地百八十六坪一合九勺を明渡せ。被告霜鳥倉蔵は原告に対し昭和二十四年一月一日から右土地明渡済に至る迄、一坪につき一ケ月金二円の割合による金員を支払え。被告石田光雄は右の建物から退去せよ。訴訟費用は被告等の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として、本件土地は原告の所有にかかるところ、訴外小金井勇次郎は大正四年五月頃原告先代からこれを賃借し、該地上に木造鉄葉葺平家建、建坪三十五坪七合五勺の浴場を建築し、同年七月訴外永井六蔵は右訴外人から右建物を買受けてこれを四十三坪五合に増築すると共に右建物の附属として前記物置を建築し更に昭和五年四月にはこれを建坪六十三坪四合一勺に増築して昭和八年七月十三日訴外渡辺丑松に売渡し、訴外渡辺申一は昭和十九年十月三十日右渡辺丑松の死亡によりその家督を相続してこれが所有権を取得した。そして同人は同二十二年七月三日これを被告霜鳥に売渡した。原告は右同日に訴外渡辺申一から被告霜鳥への(名義上は被告霜鳥の弟である訴外霜鳥政治になつている。)本件土地の借地権譲渡を承諾して賃料を坪当り一ケ月金一円とする賃貸借契約を締結し、その後賃料は同年十月から坪当り一ケ月金二円に改定された。然るに被告霜鳥は昭和二十三年十一月三十日被告石田に対し前記建物を譲渡すると共に原告に無断で本件土地の借地権をも譲渡したので、原告は同年十二月二十九日被告霜鳥に対し内容証明郵便を以つて借地権無断譲渡を理由に本件土地に関する賃貸借契約の解除を通告し、右通知はその頃被告霜鳥に到達したから右契約は適法に解除された。そして被告石田は右建物に居住するものであるから、原告は被告霜鳥に対し本件地上の建物を收去してその敷地百八十六坪一合九勺の明渡しを求め、併せて昭和二十四年一月一日から右土地明渡済に至る迄、坪当り一ケ月金二円の割合による賃料相当の損害金の支払いを求め、(本訴において收去を求める建物は被告霜鳥から被告石田に所有権移転登記が経由してあるが、被告石田は被告霜鳥に対し右建物の売買の解除を主張しているので原告は被告霜鳥に收去を求めるのである。)被告石田に対しては右建物からの退去を求める為本訴請求に及んだと陳述し、被告霜鳥の抗弁事実中訴外安藤タマが本件土地の管理人であること及び原告が本件土地の近隣に約一万坪に及ぶ貸地を有することは認めるがその余の事実はこれを否認した。<立証省略>

被告等訴訟代理人は孰れも主文同旨の判決を求め、答弁として被告霜鳥訴訟代理人は原告が本件土地の所有者であること、訴外小金井勇次郎は原告先代から本件土地を賃借して該地上に浴場を建築し、右建物は原告主張の如き経緯を経て被告霜鳥において昭和二十二年七月三日本件土地の借地権と共に譲り受けて原告主張の如き賃貸借契約を締結し、同二十三年十一月三十日右建物と共に本件土地の借地権を被告石田に譲渡したこと及び原告から賃貸借契約の解除の通告があつたことは認めるがその余の事実は否認すると陳述し、抗弁として、本件土地の借地権を被告石田に譲渡するに当つては賃貸人である原告の承諾があつた。即ち昭和二十三年十一月三十日被告石田の代理人訴外三江得一が原告方を訪れて、右借地権の譲渡について承諾を求めたところ本件土地の管理人である訴外安藤タマは被告石田の右申出を拒絶することなくこれを諒解した。そして同年十二月十三日には被告霜鳥の代理人原口鍋吉と被告石田並びに訴外三江の三名が原告方を訪れて右借地権譲渡の承諾を確めたところ、前記安藤タマは明確に被告等の借地権譲渡を承諾して、その際被告等が持参した権利金一万円を受取り本件土地に関する賃貸借契約証書の用紙を被告石田に交付してこれに署名捺印すべきことを指示し、且つ借地権の譲受人である被告石田の保証人をも協議選定したのである。以上の事実から見ても原告は被告両名の間の右借地権の譲渡に承諾を与えたことは明かである。仮りに右承諾が認められないとしても、訴外三江が昭和二十三年十一月三十日被告石田の代理人として原告方を訪れて本件土地の管理人である訴外安藤タマに面会の上、被告石田は被告霜鳥から本件建物と共に右土地の借地権の譲渡を受け、翌十二月一日右建物の登記手続を為す旨を告げて右借地権譲渡についての承諾を求めた際、右安藤は被告石田の申出でを拒絶することなく借地権の譲渡の承認に際し地主たる原告の受くべき権利金の標準を示して暗にこれが持参方を慫慂したのである。亦若し原告が右申出に対し承諾しないなら直にその旨を通知しなければならない事情があるにも拘らず、同町内僅々三分位の近距離にある被告霜鳥に対して何等の通告もしなかつた為、被告等をして翌日本件建物に関する一切の登記手続を完了させた許りでなく、原告の前記管理人安藤は同年十二月八日には態々被告石田方を訪れて被告等の来訪を求め、同月十三日被告石田等前記三名が原告方を訪れた際に右安藤は被告等の持参した金一万円を権利金の一部として受取り、被告石田に対しては原告方で土地を賃貸する際使用する契約条項記載の土地賃貸借契約証書の用紙を交付して、被告等と共に右石田の保証人を協議選定したのである。斯る事情を綜合して見ると原告は被告両名の右借地権の譲渡につき少くとも黙示の承諾を与えたものと見るべきである。

仮りに以上の主張が理由がないとしても、原告の本件賃貸借契約の解除は権利の濫用であつて解除の効力をも生じないものである。即ち原告は本件土地の近隣に約一万坪に及ぶ土地を所有し之を賃貸していること及び本件土地の建物は浴場であつて被告霜鳥が之を取得するまですでに三回に亘り譲渡がありその間本件土地の借地権の譲渡に異議なく承諾をなしたのに被告霜鳥の被告石田に対する本件譲渡に際し初めて承諾を拒絶したのである。又原告はその叔父の訴外安藤宏太郎と共同して本件建物で浴場業を経営しようと企図するものであるが、被告両名間の本件借地権の譲渡と言う事実がなかつたなら原告のかゝる意図は生じなかつた筈である。偶々被告両名の間に借地権の譲渡があり之に対し原告の承諾を求めたのを利用して、原告は右譲渡の承諾を拒否すると共に被告等の損害に対し一顧だに与えず、自己の慾望、利益を図るため本件賃貸借を解除し被告石田に対し建物の買取請求権の行使を促しているものであつてかゝる場合解除は正しく権利の濫用に該当し無効であるから、原告の本訴請求は孰れの点からするも失当たるを免れないと陳述した。<立証省略>

被告石田光雄訴訟代理人は、答弁として、原告が本件土地の所有者であること、被告石田が本件建物と共に本件土地の借地権を被告霜鳥から譲渡を受けたこと、及び右借地権の譲り受けについて、原告にその承諾を求めたが拒絶されたことは認めるがその余の事実は不知であると陳述した。<立証省略>

三、理  由

原告が本件土地の所有者であること、原告と被告霜鳥との間に本件土地につき原告主張の如き賃貸借契約の存したこと及び被告霜鳥は同二十三年十一月三十日本件建物と共に右土地の借地権を被告石田に譲渡したこと及び原告が被告霜鳥に対し借地権の無断譲渡を理由に本件賃貸借契約の解除をしたことは孰れも当事者間に争いがない。

よつて被告霜鳥の抗弁事実につき審按するに、先づ被告霜鳥は本件借地権の譲渡につき原告の承諾があつたと抗争するが、乙第七号証(証人原口鍋吉の調書)中この点に関する供述記載は成立に争のない乙第四号証、(証人三江得一の調書)同第五号証(証人安藤タマの調書)及び同第十号証(被告石田光雄の調書)の各記載に比較して措信し難く、他に被告の主張を認めるに足る証拠はない。次に被告は右借地権の譲渡について原告の明示の承諾がなかつたとするも少くとも黙示の承諾があつたと抗弁するのでこの点について判断するに、借地権の譲渡につき賃貸人に黙示の承諾ありと認められるには、賃貸人が譲渡を承諾する旨の明示の意思表示をしたことは認められないけれども賃貸人において譲渡を承諾したものと認定される状況にある事実の存在することを要するものと解すべきところ、これを本件について見るに、前顕成立に争いのない乙第四、五号証、同第十号証を綜合すると、訴外三江得一が被告石田の代理として昭和二十三年十一月三十日原告方を訪れ本件土地の管理人である訴外安藤タマに面接して、被告石田が被告霜鳥から本件建物と共に右土地の借地権を譲り受け翌十二月一日右建物の所有権移転の登記手続を為す旨を告げて、右借地権譲渡の承諾を求めたところ、右安藤は被告霜鳥は二、三日前に地代を持参した際、右譲渡については一言の挨拶もなかつたと憤り乍らも右譲渡の承諾については同人の一存にもゆかないのでこれを原告に伝えて置く旨を答えて之が諾否を留保し、その際原告方で借地権譲渡の場合交付をうけていた権利金の額等について説明したこと、そして翌十二月一日被告等は原告から右借地権譲渡に対する承諾を待たずして前記建物についての所有権移転登記手続を経由してしまつたこと、前記三江は右安藤に対し同年十二月一日次いで同月八日には被告等揃つて承諾を求めに伺うと約しながらもこれを果さなかつたので、右安藤は同月八日被告石田を訪ねて被告等の来訪を求めたが被告石田、訴外三江及び被告霜鳥の代理人訴外原口鍋吉の三名は同月十三日に及んで原告方を訪れて、右安藤に対し前記借地権の譲渡につき重ねて承諾を求めると共に、譲渡承認についての権利金として金一万円を差出したので、右安藤はこれが受領を拒絶したけれども右原口の強いての頼みによつて右金員はこれを原告に取次ぐこととし一応預つたがその際右安藤は本件借地権譲渡の承諾は原告の決するところであるが、若し承諾のあつた場合に具えて原告方で土地を賃貸するとき使用する契約証書の用紙を被告石田に交付し賃借人の保証人等につき指示を与えたけれども前記借地権の譲渡に対する諾否は留保していたこと及び被告石田は其の後二、三日して右用紙を紛失したので右安藤に対し再交付を請求したが拒絶された事実が認められる。以上認定の事実によれば被告等において借地権の譲渡につき賃貸人たる原告の承諾を得る可能性が極めて濃厚であつたと考えるのは無理からぬことではあるが、右事実を以つては未だ原告が前記借地権の譲渡について黙示の承諾を与えたものと認めることはできない。右の認定に反する前顕乙第七号証の記載部分は前記各証拠に照して措信し難く他に被告霜鳥の主張を認めるに足る証拠はない。

次に被告霜鳥の権利濫用の抗弁について審究するに、民法第六百十二条が賃貸人に対しその賃借人の無断賃借権の譲渡行為につき賃貸借契約の解除権を認めたのは賃貸借契約は対人的のものであり又賃貸物の使用方法の変更等により賃貸人に不測の損害を蒙らしめることを考慮したためと解すべきところ、土地の賃貸借殊に建物所有の目的を以つてする土地の賃貸借においては、建物の賃貸借と異なりその使用者が変つても土地の使用という点から見ては殆んど影響なく賃貸人の利害は主として土地の使用者が地代を確実に支払うや否やの点にあり賃貸人と賃借人との関係は対人的信用関係から次第に純然たる経済的信用関係に移りつゝあるものであつて、従つて賃貸人が借地権を無断譲渡した場合賃貸人において右譲渡の承諾を拒否し賃貸借の解除を無制限に許すときは、賃借人の生活関係を故なく破壊し賃貸人をして徒らにその主観的な理由による恣意を許す虞れがあるから、かゝる場合解除権の行使は民法第一条の趣旨に従うことを要し、借地権の譲渡の承諾を拒否することが賃貸人において正当の理由がありそして社会経済上の利益から見て妥当の場合に限るべく単に無断譲渡の一事をもつて承諾を拒否し賃貸借契約を解除することは許されないものと謂うべきである。而して叙上の理論は借地法第十条により建物の第三取得者に対し建物買取請求権が与えられていることによつて否定されるものではない。

何となれば同条にいう建物の買取代金は時価で所謂借地権の価格はこれを包含していないのであるから、一般の建物の価格に比し低廉であり、従つて土地の賃貸人は建物を買取つても尚土地の明渡を求めるのを得策とするわけであつて、建物買取請求権が賃借権の譲渡に対する賃貸人の承諾を間接に強制する力を失うに至つた現在では、建物を取得し居住と営業との地盤を設定しようとする譲受人の保護のためにもまた建物の譲渡を容易にして借地権者の投下資本の回收に対する支障を除去するためにも民法第六百十二条による解除は無制限に行使するを許さず、前叙説示のように民法第一条の制限をうけなければならないからである。

本件についてこれを考えて見るに原告が一万坪に近い貸地を有し借地人の数も百人以上に及ぶ地主であること及び本件土地は訴外小金井勇次郎が大正四年五月原告先代から賃借して該地上に木造鉄葉葺平家建一棟、建坪三十五坪七合五勺の建物を建築して浴場業を営み、同年五月訴外永井六蔵が右訴外人から前記建物の譲渡をうけ同人は二回に亘り之に増築をなして本件建物となり、昭和八年七月訴外渡辺丑松が右永井から之を譲受け昭和十九年十月訴外渡辺申一が之を相続取得し、次いで昭和二十二年七月同人から売買によつて被告霜鳥の取得するところとなつたが、右建物の譲渡と共に右土地の借地権が順次譲渡されて来たことならびに本件土地は現在に至るまでいづれも浴場たる地上建物所有のために使用されて来たことは当事者間に争がなく、そして成立に争のない乙第五号証(証人安藤タマの調書)によると甲第一号証は原告方で土地を賃貸する際使用する契約書であつて右契約書によれば賃借人は賃貸人の事前の承諾ない限り賃借権を他に譲渡することが出来ず、若しこれに違反したときは賃貸人は契約を解除しうる条項があるにも拘らず前記賃借権の譲渡はいづれも賃借人において賃貸人の事前の承諾を得たものでないことは成立に争のない右乙第五号証、同第八号証(証人霜鳥政治の調書)によつて認められ、しかも原告の主張によれば訴外永井から同渡辺丑松への本借地権譲渡については原告先代が異議を述べた以外はいづれも異議なく承諾していたのであつて、原告の右異議を述べた事実はこれを認めるに足る証拠はないから原告は前記屡次に亘る借地権の譲渡に際しては一度も異議を挾まず承諾してきたものと謂うべきである。そして成立に争いのない乙第五号証、同第七号証、同第九号証を綜合すれば原告の親族に該る訴外安藤宏太郎は嘗つて浴場を経営したことがあるので、原告は本件建物を買取り、右訴外人を援助して浴場を経営させる為、被告霜鳥が無断で本件土地の借地権を被告石田に譲渡したことを理由として、被告霜鳥に対しては右土地の賃貸借契約を解除すると共に、被告石田に対しては本件建物の買取請求権の行使を催告したこと及び右乙第五号証によれば原告方では本件土地を是非使用しなければならぬという事情はないことが認められる。以上の事実を綜合すると原告が右無断譲渡を理由に右賃貸借契約を解除するも被告石田において借地法第十条所定の建物買取請求権を行使しない本件においては原告方の浴場経営の企図は実現するに由なく、又本件土地の明渡を得ても原告はこれによつて何等の利益を得るものでないと謂わざるを得ない。これに反し成立に争のない乙第三、四号証、同第六、七号証、同第十、十一号証を綜合すれば、被告等は前記認定の如く昭和二十三年十二月十三日本件土地の借地権の譲渡につき原告の承諾を求めた際当然その承諾を得られるものと考えたことは誠に無理からぬことであつて、同月二十五日原告から突如右承諾が拒否されたこと、被告石田は金百六十五万円を投じて被告霜鳥から本件建物を買受けてこれが所有権移転登記手続を了し、目下同所に居住して浴場として営業中であること及び本件建物の收去によつて生ずべき被告石田の生活の脅威及び社会的損失に想いを致し前敍認定の原告の事情と比較考察すると、原告は前段説示の通り正しく法律が権利を認めた社会目的を逸脱して解除権を行使するものと謂うべきであつて、所謂権利の濫用として契約解除の効力を生じないものと断じなければならない。そうすると被告霜鳥の抗弁は理由あるものと謂うべきである。

よつて前記賃貸借契約の解除されたことを前提とし、被告霜鳥に対し建物收去土地明渡し及び損害金の支払いを求め、被告石田に対し建物からの退去を求める原告の本訴請求は失当として棄却すべきものとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八十九条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 花淵精一)

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